生産履歴の現場リポート
 
食品履歴の現場(5)法の枠超え、進む公開
安心・安全な食品を選別する「セーフフード」願望が強まる時代になってきた(写真は「セコムの食」の通信販売カタログ)
 福岡市に本部を置く生協「グリーンコープ」の組合員は、購入した産地直送牛肉について牛肉履歴管理法で公開される情報以外に、飼育の過程で使った飼料や給餌(きゅうじ)期間などの情報も知ることができる。

◆国も後押し
 同コープのホームページで、法律で義務づける10けたの個体識別番号を入力すると、牛の生年月日や種別などのほかに、例えば飼料については「配合飼料は大麦やとうもろこし、ふすまや油かす」といった情報が表示される。

 「母乳や牧草を与える育て方をしているか、病気予防の抗生物質などを使っていないか知りたいという要望も多い。法律で決められた基本情報だけでなく、できるだけ多くの生産履歴を公表することが安心につながる」と広報担当者。

 実は国もこうした動きに“お墨付き”を与えることにしている。来月施行の管理法は、公表される情報が限られているほか、法規制の対象に輸入牛肉が含まれないなどの例外規定もある。このため、法律の対象となる履歴情報に加え、使用した飼料と医薬品の名称を伝えることができれば、日本農林規格(JAS)マークの表示を認める制度をやはり来月から始める。

 管理法では規制されない輸入牛肉もJASマークが付いていれば、飼料や医薬品も含めた履歴情報を知ることが可能になるという。

 法律の枠にとらわれず、なるべく多くの情報を公開して不安を取り除くことで、現代の消費者にこたえていこうという動きは、すでに活発になっている。例えば、防犯など安全対策で知られるセコム(東京)の場合がそうだ。

 5年前から通信販売している総菜やめん類、ご飯など約300種類の食品は、産地に社員が出向いて栽培、飼育、製造法を調査し、添加物や農薬をできる限り減らしたものを選んでいる。さらに、カタログには使用したすべての原材料名を表示した。

 顧客からの商品の製造履歴などの問い合わせにも、把握している情報を詳細に伝える。宣伝企画室課長の吉田敦さんは「番号検索などのサービスはしてないが、私たちがやってきたことが結果的に今流行の『トレーサビリティー(追跡可能性)』だった」と話す。昨年度の売り上げはBSE(牛海綿状脳症=狂牛病)発生前の2000年度の約3倍にも伸びたという。

 「食品業界はトレーサビリティーが安全・安心の基礎だと思い、消費者も制度の存在で安心イメージを持つ」状況を「セーフフード願望」と名付けたのは、博報堂生活総合研究所の南部哲宏さんだ。

 「安く食べられれば食品の履歴など必要ないと考える消費者もいるが、制度の普及で食品の選択肢が広がり、『安全・安心』の方向はさらに強まるだろう」と予測する。

 食品履歴制度は始まったばかり。より信頼できるものにしていくため、消費者が利用してみて、チェックすることも必要だ。(鳥越 恭)

食品履歴の現場(4)店頭端末に栽培情報
売り場で食品の履歴情報が確認できる店も増えてきた(あざみ野東急ストアで=青果物EDI協議会提供)
 横浜市のスーパー「あざみ野東急ストア」。野菜売り場をのぞくと、しいたけと小松菜に、「トレーサビリティー適合商品」と書かれたバーコードが張り付けられている。

 近くに設置された画像端末の読みとり機にバーコードを近づけると、「栽培情報」と書かれた画面が現れ、タッチパネルのクリックで生産農家のスナップ写真やメールアドレスなどの連絡先、「農薬は使用してません」といったコメントが表示される。当日朝に出荷され店に入荷した時間は秒単位まで示されていた。

 これは、生産者や流通・販売業者など43団体で作る「青果物EDI協議会」が開発したトレーサビリティー(追跡可能性)のサービスだ。同ストアには首都圏の5店舗にこの端末が設置されている。

 牛肉や野菜など、販売する食品の生産履歴がその場で消費者にも分かるよう店頭にこうした端末を設置する動きは、他のスーパーなどでも広がっている。問題は、実際にどう利用されているかだ。

 協議会によると、端末の1日の操作回数は1店舗平均で約50回。「最も人気があるのは、一緒に情報提供している料理のレシピ。しかしお母さんがお子さんに生産者の顔が映った画面を見せるなど、関心は高い」という。

 ただ、売り場を見ていると、毎回、野菜の履歴を調べて購入する人は少ないようだ。

消費者に安心感

 「1度調べた時、農家の写真が出てきて身近に感じた。きちんと情報が提供されているのが分かったので1度で十分」「商品自体にも産地表示があるので、機械では調べたことがないが、こういう仕組みがあるだけで安心できる」など、こういう制度が整備されていることを評価する声が多かった。

 試験的に運用されている国の牛肉履歴管理制度は、少し違った利用のされ方をしているようだ。インターネットで国産牛肉の履歴が分かる畜産情報ネットワークへのアクセス件数は、1日で3万件近くにも達する。

 牛の個体識別番号を管理する家畜改良センター(福島)係長の上田和幸さんは、「スーパーなどでの店頭表示が始まるのは来年12月からなので、消費者の利用は少ないはず。現状では、流通・販売などの業者が、扱う牛肉に付いている表示が間違っていないか確認するために利用しているようです」と打ち明ける。

 実際に昨年、ある大手スーパーは、別の業者が納入した和牛の産地表示が、日本農林規格(JAS)法上の原産地表示のルールと違っていたことを、識別番号の検索によるチェックで発見した。

 「従来は表示がいいかげんだった牛肉の生い立ちが、個体識別システムでは明確にわかる。検索までする消費者は少ないかもしれないが、『いつでも見られる』という事実が業者側をけん制する結果になっている」と農水省幹部は指摘する。

食品履歴の現場(3)最先端システムに難題
神奈川県・三浦半島で行われているトレーサビリティーの実験では、携帯端末とICカードで農薬や肥料の使用情報を記録する(神奈川県横須賀市で)
「施肥」(肥料を畑にまく)をタッチペンで選ぶ。この端末をキャベツ畑の肥料用のICチップを組み込んだカードに近づけると「ピッ」と音がして、数量の入力画面に変わった。

◆データ入力 農家に負担
 「使う肥料の量を入力すると、使った日付も含めた履歴が、自動的に端末に記録されます。使用時期や種類を間違えると入力を受け付けません」と、よこすか葉山農協(神奈川県横須賀市)営農経済センター長の秋本敏夫さんが説明してくれた。

 ダイコンやキャベツなどの産地で知られる神奈川県・三浦半島で、今秋から野菜の生産履歴を記録するトレーサビリティー(追跡可能性)システムの開発・実証試験が進められている。

 トレーサビリティーの普及を後押しする農水省の補助事業で、コンピューターを動かす基本ソフト「トロン」の開発で知られる東大教授、坂村健さんの研究所や同農協などが共同で進めている。

 試験では、ダイコンとキャベツを農協管内の8農家で栽培してもらい、肥料や農薬の種類ごとの使用量や使用時期、収穫や出荷の日付の履歴を記録。来年には京急ストアの店頭で消費者が生産履歴を確かめられる販売実験も始まる。

 実際、ダイコン栽培の実験に参加する50代の農家の男性は「ふだん手書きで記録を付けている上に端末機で情報を記録する手間や時間が心配でしたが、携帯電話みたいに使い勝手もよく簡単にできるのでほっとしました」と話す。

 来月施行の牛肉履歴管理法でも、農家らに牛の出生日や移動などの報告が義務づけられたが、こうした情報の記録、伝達の方法が大きな問題になっている。

 試行段階の現時点で、ほぼ全国の農家が、国のデータベースを管理する家畜改良センター(福島県)に、情報を報告する方法の約7割が手書きのファクスだ。

 牛の出生日や種別などの報告カードが1日に8000―1万枚も届くため、たまった紙の取り出しなどに休日も職員が出勤するほか、手書きの情報の再入力や修正作業などに多大な労力を奪われている。

 インターネットや電話のプッシュ回線による自動入力も可能だが、同センターは「高齢者も多い農家では、利用率が低いらしい」と話す。

 「情報入力の負担を減らすことがトレーサビリティーの普及には不可欠」と強調するのは、制御機器メーカーの「山武」(東京)シニアマネジャーの渡辺勉さん。同社は今月4日、農薬などの使用履歴を手書きのまま「OCR」スキャナーが読み込んで、データとして蓄積、活用できるシステムの開発・販売を発表した。

 渡辺さんは「システムの管理にいくら最先端の技術を競っても、肝心の入り口で情報が入らなければ意味がない」と指摘している。

食品履歴の現場(2)焼き肉店で生産者分かる
 新幹線の新駅が開業した東京・品川駅近くの焼き肉店「炭焼 Kura」。店舗入り口に、「本日の和牛の生産者は」と書かれた掲示板が目に付くように下げてある。

 「ああ、書いてある」「ちゃんとやってるね」。客からはそんな感想も聞こえる。

◆客に安心感 経費には課題も
 手書きの文字で書かれていたのは、この日店で使う2頭分の牛の生産者の住所、名前、それに十けたの数字。

 この数字は、牛の住民登録番号とも言える「個体識別番号」。一頭一頭がどこで飼育され、どういう経路で焼き肉店やスーパーの店頭に運ばれたのかは、農家や食肉処理場などが番号と一緒に国に届け出た情報のデータベースからたどれる。

 来月施行される牛肉履歴管理法の一つのポイントは、識別番号の表示を義務付けたこと。当初は飼育農家や処理場までが対象だが、1年後は焼き肉、すき焼きなどを扱う飲食店、スーパー、精肉店などでも表示の必要があり、消費者も自分が食べる肉の履歴を知ることができるようになる。

 「Kura」は、法律を先取りして独自に今年7月から表示を始めた。この日表示されていた番号の一つをメモし、国の関連機関が運営するインターネットの畜産情報ネットワーク(http://www.lin.go.jp/)で調べてみると、すぐにこんな検索結果が表示された。

 生年月日「H13・05・15」、品種「黒毛和種」、飼養地「鹿児島県」。先月15日に同県阿久根市の食肉流通センターに出荷されたこともわかる。

 客の評判は上々だ。男性会社員は、「番号を控えて調べるまではしないが、こういうシステムがあること自体が安心につながる」という。

 同店を経営する「つばめ」(本社・東京)常務の小浦安巳さんも「お客さまの『安心』のためにやっています」と胸を張る。

 ただ、業界内には「すべての店が同じように簡単に表示するのはむずかしい」との声が根強い。同社では、牛肉を丸ごと一頭ずつ仕入れているため、番号の管理がしやすい。しかし、解体処理されバラバラになったスライス肉が、複数頭の牛にまたがって一緒になってしまうと、それぞれに識別番号を“伝達”するのが困難なこともある。

 今回の法律は、食肉の流通現場の状況を反映して、食べる肉の番号は「最大で50頭のグループのうちの一頭」としか把握できなくても良いことになっている。それでも、ある焼き肉店の担当者は、「自社工場のラインを変更して識別番号に対応させるだけでも、大変な経費がかかる」と説明する。

 また、表示義務の対象から輸入肉やさまざまな種類の肉が混ざるひき肉などが除外されている。

 外食チェーン店でつくる日本フードサービス協会は、「お客さんの安心のために役立つ制度だが、毎日のように変わる牛肉の番号を書き換える手間や表示方法など、これから解決しなければいけない課題も多い」としている。

食品履歴の現場(1)全国の牛 番号で把握
 国産牛肉の生産・流通の過程をたどることができるよう義務付けた牛肉履歴管理法が来月から施行される。BSE(牛海綿状脳症=狂牛病)問題などをきっかけに、こうした「トレーサビリティー(追跡可能性)」制度の整備は他の農産物でも進んでいる。法施行を前に、トレーサビリティーの現状やその課題を探った。

◆迅速対応、パニック防ぐ
 先月30日午前8時40分、始業間もない兵庫県畜産課の電話が鳴った。
 「広島県庁です。BSEの1次検査で陽性になった肉用牛が、昨年まで兵庫県で飼育されていたことがわかりました」

 西日本生まれでは初、しかも世界的に珍しい1歳9か月の若い牛でBSE感染が疑われたことの衝撃と緊張感が伝わってきた。

 その前夜の29日午後8時、1次検査で「陽性」の結果が、広島県内の食肉衛生検査所から同県畜産振興室に報告されると、担当者は早速パソコンでこの牛が生まれてからこれまでの履歴を調べた。今、全国で飼育される牛には、1頭1頭を識別できるよう10けたの番号を記した耳標が付けられている。
 国の関連機関が運営するインターネットの畜産情報ネットワーク(http://www.lin.go.jp/)にある検索欄にこの番号を入れると、飼育場所や移動記録などが画面に表示される。兵庫県内の農家から広島県内の別の農家に昨年2月に売却されていたことがわかった。

 兵庫県は即座に、この牛を育てた県内の農家に検査結果を連絡し、一緒に飼育されていた47頭の移動の自粛を要請した。広島県も、出荷元の農家への説明や食肉処理場の洗浄など県内の対応に切り替えた。1次検査の結果が判明してから12時間余りでの迅速な対応。正式に感染が確認される5日も前のことだった。

 2年前の9月、国内で初めてBSE感染牛が千葉県で確認された際、正式な結果が出る前に、感染牛が肉骨粉になって市場に出回るという失態が起きた。「感染の兆候」は1か月近くも前にわかっていたのに、県からのファクスが農水省内で放置されるなど、ずさんな連絡体制と情報管理の不備が原因だった。

 このため、消費者の不信感を招き、焼き肉店やスーパーの牛肉売り場は閑古鳥が鳴き、日本全体がBSEパニックに陥った。しかし、現在は出荷された牛は全頭検査され、BSEが陰性でなければ食肉として出回らない仕組みが確立していることもあり、当時のような状況はない。

 「9頭目」の最終確認から一夜明けた今月5日、東京と大阪市場の牛肉の標準取引価格は、1キロあたり1259円だった。前日より85円高、2年前に暴落した価格の3倍近い数字だという。

 「履歴情報を使った迅速な対応がパニックを防ぐ力になってきたのは事実。法律が施行され、情報が100%把握されれば、さらに強固な安心システムが確立されるはずだ」と農水省食肉鶏卵課長の本川一善さんは胸を張る。

【牛肉履歴管理法】
 国内で飼育される約450万頭の牛に、「個体識別番号」と呼ぶ10けたの番号を割り振り、生産地から店頭まで番号の伝達と表示を義務づける制度。農家など牛の管理者には、牛の種別や生年月日、移動歴などの情報の届け出義務も求められ、識別番号からこうした情報が検索できるデータベースが構築される。牛が出生したり、別の場所に移動したりした場合も、その都度届け出なければならない。現在は試行期間だが、飼育中の牛への「耳標」装着や情報入力はほぼ終了している。